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シルクまたは境界の悦楽 [織物]

リラ毛.jpeg

 ボルゾイのリラにとってこの季節は快適とは言いがたい.
気に障る羽音をたててつきまとう蚊の存在も有るが,
何よりもその分厚い毛で覆われた外皮がたっぷりと
水分を含んだ摂氏30度を超える外気温と協奏して体力
を消耗させるからだ.
 だが我々のように体毛を失った哺乳動物は本当のところ
厚い毛の功罪を経験として知ることは出来ない.冷暖房の
普及は外界からの保護層としての衣服の重要性を見失わせ,
ファッションとしての役割ばかりが前面に出る傾向が有る.
本当のところはどうなのだろうか.夏とはいえ衣服を失った
ヒトは健康を害さずに無事夏を乗り切ることは不可能であろう.

リラ毛UP2.jpeg

 衣服の布地として最も古い伝統を有するものの一つが麻であるが,
肌と外界との境界で麻が持つ感触はとうてい毛の敵ではない.
つまり究極の感触である毛をmimic(まねする)するところに
麻は位置しないということである.頭髪の輝きへの近年のこだわり
を見れば,審美的観点からも織物の究極の目標は柔らかで
複雑に輝く毛にあるのではないかと思いたくなる.
 しかし,経験したことが有る方はすぐお分かりと思うが
ある種のウールのちくちくと皮膚を刺す感触は耐え難いものが
ある.木綿が今もって下着として珍重されるのとは対照的
と言えよう.
 そこで絹の登場である.蚕(Bombyx mori)は蛾の一種だが,
完全に家畜化しているためその成虫は飛ぶことができない.
幼虫は適切な時期にいたると絹糸腺より全長千数百メートルの
糸を吐いて繭をつくる.同じように絹糸を回収するため
その繭が使われる別種の野蚕がいくつか存在するが,これらは
家蚕とは糸の性質が異なるため独自の絹織物の生物資源となる.

タイシルクJT.jpeg

タイ・シルク等はこの野蚕から得た絹織物で家蚕由来とは
異なる独自の風合いを生かしているのだ.
この蚕が歴史に登場したのは古代中国,殷の時代だという証拠
が報告されているが,論争は続いていて紀元前のそれも石器時代にまで
さかのぼることができると言う.絹織物の複雑な過程を考える
と古代人の果敢な技術革新への意欲,工夫,挑戦に驚かされる.

野蚕X.jpeg

工房の周囲,コナラの落葉の中に埋もれていた繭.蛾の名前は特定できない.

 僕が子供だった頃,母の実家では未だ養蚕に従事していた.
山梨県の牧丘町は今でこそ巨峰の里として有名になっているが,
当時は殆どの農家が天窓を有する2階で蚕(おかいこさん)に
繭をつくらせていたことを知る人は少なくなってきている.
土間や縁側には糸車が回り,大きな鉄鍋の熱湯を浮き沈みする
繭から絹糸がからみ取られていた.そこから立ち上る異様な
臭いを今も忘れることは出来ない.これが絹糸を固めている
膠質成分を溶かしだし,糸のみを回収する過程だと知ったのは
それからずっと後のことである.生糸から絹織物までの
工程は何段階もあり,さらに織物としての戦略もからんで
絹という一大文化を形成しているのだ.
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